不動産業の機能

2020年01月08日

昨日書いた「デザインの誤解」の中に歴史についてありました。

 

THE 椀 という商品を選んでいくなかで

 日本各地で茶碗は作られ、それぞれに歴史を持っているというなかで

 何を基準に 「THE椀」を選んでいくか。

 

歴史に求められました。

 

 

 

不動産業の歴史は、・・・ネットで調べると

 平安時代の「荘園」が私有地(不動産の所有)として始まりのような記載が多く見受けられました。

 荘園は、豊臣秀吉の太閤検地まで続きます。

 荘園(不動産)を守ることは権力の象徴であり、特に戦国時代などは、力がないと奪われてしまっていました。

 

明治時代になると、米を税金とする物納から現金で納める制度に代わります。

 このとき正式に個人所有となりました。そして不動産を売買することが認められるようになり、今で言う不動産業が始まりました。

 

 

安藤不動産の歴史は、・・・

 昭和38年頃、私の祖父、博が、不動産業を始めました。

 博はもともと農業を営んでいましたが、農作物を作ることが上手ではなく、他人に自分の作ったものの値段をつけられるのが嫌だ。今風に言うと、価格決定権のないのは嫌だということで農業の傍ら、不動産業を始めました。

 

 と言っても当時は土地を売る人はほとんどいません。

 博は、先祖から受け継いできた、耕作しきれない土地を売ったり貸したりして、それと、お金が必要で不動産を売りたいと言う人の土地を、買いたい人を見つける”仲介”の二本柱でやっていました。バブル以前ですから不動産を買いたい人はいくらでもいるし、売る人は全くいない。それと、法律の不備や、今では考えられないような土地の売り方も横行していたようです。

 

 この時代、不動産を売りたいと言う人については、「換金」という機能が主です。買いたい人は資産形成などあったと思いますが、売り手市場、ほとんどイメージにも出てきません。

 

 昭和58年に父が跡を継ぎ、先祖からの土地の売却を止めます。そして、平成5年頃までは、仲介と建売住宅の販売を中心にしていきます。

 父は建物について時に知識があったわけではありませんので、仲の良い大工さんに建物を安く建ててもらい、それを売っていました。

建売について、都市計画法や建築基準法に触れるようなことはしていないようですが、特にこだわった良いものを建てていたとかは無いように感じます。

 平成5年に建売住宅で、原価割れでしか売れないと言う事態が発生し、これに懲りて建売を止めます。

 その後、競売で不動産を仕入れ、債務者に立ち退いてもらい、建物を壊して再販売するというスタイルに代わっていきます。

 競売が、公有地の払い下げや公売になり、一般の方から直接買わせていただくようになりましたが、基本は大きく変わりません。

 土地を売ることは得意だと思っていたので、これが長く続きます。

 平成9年に私が入り、平成22年に代替わりし、その先しばらくまでは、こうしたスタイルでした。

 

結局、歴史のどこをとっても不動産ありきなのが、不動産業のように感じます。